ストーリーズ

Sculpture No.1をめぐる話 w/ Hiroshi Iguchi 前編

Sculpture No.1をめぐる話 w/ Hiroshi Iguchi 前編

Photo : Shin Hamada

Sculpture No.1のお披露目となった「Sculpture No.1 / Shiro Ao by Hiroshi Iguchi @B GALLERY」(2021.03.05 – 03.28) の会場にて、デザインを担当した井口弘史さんと今回の取り組みを振り返りながら、愛媛県砥部町で採れる良質な砥石「伊予砥」とそこで生み出される「砥部焼」の可能性、そして、プロジェクトに込めた想いとこれからの話を伺いました。

Sculpture No.1をめぐる話 w/ Hiroshi Iguchi 前編

Photo : Shin Hamada

井口弘史 / 本文以下(H):
グラフィック・チームIlldozerを経て、2001年より自身の作品制作を主とする活動をスタートさせる。これまで様々なメディアを通じて、音楽とビジュアルの密接な関係性を意識したアートワークを発表している。作品集として『CULT JAM』(BARTS)、『BIG VALUE DUB』(Innen)、『HOLES』(Innen)をリリース。

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Photo : Shin Hamada

聞き手 岡部修三 / 本文以下(S):
建築家。株式会社白青 代表取締役。2013年より、upsetters architects として、新しいスタンダードとしての砥部焼を目指すブランド「白青」のディレクション、デザインを担当。2018年、より深く、愛媛県砥部町で採れる砥石「伊予砥」とそこで生み出される「砥部焼」の可能性を模索するべく、株式会社白青を設立し活動を続ける。


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Photo : Shin Hamada

— これまでの活動について

S)まず、これまでの活動について今の気分で3つほど紹介してもらっても良いでしょうか?

① TOKYO NO.1 SOUL SETの最新作「SOUND aLIVE」

H)まずは直近の仕事から、8年ぶりにリリースされたTOKYO NO.1 SOUL SET*(以下、ソウルセット)のアルバムかな。

*TOKYO No.1 SOUL SET:
メンバー:BIKKE(ヴォーカル)、渡辺俊美(ヴォーカル&ギター)、川辺ヒロシ(DJ)1990年当初結成。フォロワーが存在しない奇跡のオリジナルバンド。現在までにシングル15枚、アルバム8枚、その他ライヴ、ベストアルバムなど多数リリース。独自のトラックにメロディアスなヴォーカルとトーキングラップが交差する唯一無二のサウンドスタイル。2020年結成30周年を迎えた。_オフィシャルサイトより引用

S)ジャケット見ましたよ、最高でした。ソウルセットの仕事はこれまでも手掛けてますよね?

H)ソウルセットの仕事は、2005年リリースのアルバム「OUTSET」以来の二回目で。それ以前からメンバーの(渡辺)俊美さんのソロユニットTHE ZOOT16のジャケットを担当していて、これまでシングルやベスト盤を入れると7、8枚手掛けたかな。今回のオファーを頂いた瞬間に方向性がはっきりと見えたので、いつになく自信を持って取り組めた気がする。アー写の撮影も担当させてもらったのもその自信からだと思うんだけど、とにかくソウルセットは存在そのものが独特なので、本質の切り取り方を間違えなければ大丈夫だと確信があった。なにより全てを受け入れてくれたメンバーに感謝ですね。

②「HOLES」シリーズ

Solo Exhibition “SYNTHESIZER” at SO1(2018)
Photo:Reiko Toyama

H)次はやっぱり、ドットの羅列で描く「HOLES」というシリーズかな。もう10年以上続けている作風なんだけど、中学生の時に観たThe Beatlesの「イエロー・サブマリン」というアニメ映画のワンシーンがすごく印象に残っていて、そこから着想したシリーズ。「Sea Of Holes」っていう白い空間に黒いドットが一点透視のパースで果てしなく並んでいて、その無数の穴からメンバーがひょっこり出てきたり入ったりするサイケデリックな映像が衝撃的で、直接的なインスピレーションの起点になってるかな。

S)2018年のSO1 Galleryでの個展も最高でした。今聞くまでそこからきているとは思っていなかったのですが、確かに、印象的なシーンですよね。

H)僕はこれまでインプットした全てのものがサンプリングソースになっていると感じていて、例えば全く興味のない事にも必ず面白いポイントが隠されているので、できるだけ差別のないように見ていきたいと思ってる。

S)このシリーズはいろんな形で展開していて、井口さんといえば、というシリーズになりましたね。

H)自分は根本的に飽きっぽいので、例えば自分が発見した未開の山だと思って登りはじめても、途中で似たような事をやっている人に気づいたら早々に下山してしまう(笑)。誰とも比べられないフィールドで淡々と制作できることが、何よりも穏やかでハッピーな瞬間かなと。

③CULT SIGN(カルトサイン)

Hiroshi Iguchi / Better™ Gift Shop
Photo:Marimo

H)最後はやっぱり自分のシグネチャーともいえる「カルトサイン」かな。自分の中では、エド・ロスにとってのラットフィンクのような存在。カルトサインは哲学者とコメディアンのトゥーフェイスで、達観したその道のマスターのようなイメージ。割と厳しい家庭に育った自分にとって、無条件に優しい存在だった祖母のイメージでもあるね。今春にカナダのトロントにある「Better™ Gift Shop*(ベター・ギフト・ショップ)」からラグマットがリリースされたり、2010年から不定期で陶器のフィギュアを作ったりしてる。

*Better™ Gift Shop:アーティスト「アヴィ・ゴールド(AVI GOLD)」による「ベター(Better™)」のポップアップギフトショップ。

S)まさに、井口さんのシグネチャーといえますね。改めてこうやって活動について聞いていくと、東京のカルチャーを色濃く反映しているのがわかりますが、井口さん自身ではどう感じていますか?

H)これまでも衝動的に制作活動を進めていく中で、振り返ると音楽とファッションに関わるプロジェクトが全てだったと言ってもいいかな。この二つのカテゴリーは、自由度のキャパシティが他と比べて圧倒的に大きいんだろね。特に子供の頃から親しんできた音楽を取り巻く文化がここまで導いてくれた実感はあるかな。

S)僕が知っているだけでも、ものすごい数のデザインを手掛けてきましたよね。でも、その多くが記録に残っていないことも、SNS/スマホ以前から活動する世代の特徴かなと思っています。だからこそ、ここでは今の気分で活動を紹介してもらうところからはじめたいなと思いました。

S)ちなみに、デザインをはじめた時と今とで、心境の変化は何かありますか?

H)今は自分の好奇心に基づいた作品制作と、クライアントワークとがハッキリと分かれてる。20年前に「Illdozer(イルドーザー)」のお手伝いをしていた頃を思い返すと、石黒(景太)くんはクライアントの依頼に対して心身ともにその瞬間の自己ベストを注入していて、その仕事に取り組む姿勢にものすごく影響を受けたけど、今は僕自身が作品を制作する意味を鮮明に理解できているから、クライアントに対する距離感や対応が明確になったのは良かったかも。


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Photo : Shin Hamada

— プロジェクトのはじまり

H)オファーをもらったとき、嬉しかったんだけど、あらためてなぜ声を掛けてもらったか聞いてみようかな。

S)まず、白青は仕事としてブランド(事業)を立ち上げるところからはじまったプロジェクトです。伝統産業をデザインで良くしていきたいという依頼を受けての仕事で、立ち上げ当初から、デザインに対しては、それなりの評価や反応をもらったりもしました。ただ、客観的に見ていくと、その延長で伝統が進化して残っていくことをイメージするのが難しいと思うようになっていました。ちょうど事業者の都合もあってプロジェクトの進行が停滞しそうなタイミングで、このまま中途半端な感じで終わりたくないなと思って、事業を引き継ぎ、新たに株式会社白青をつくることにしました。仕事を超えて、より長いスパンで活動を模索してみたいなと。

H)その話を事務所で聞いて、面白いなというか、そんなこと考える人ってなかなかいないなと思ったのを覚えてる。

S)自分で事業を経営することになって、世の中にまだなくて、本当に自分が欲しいものだけをつくりたいなと、あらためて考えるようになりました。普段は、用途やニーズがあってそれに応えていくことがほとんどですが、用途がないけど持っておきたいと思えるもの、そんなプロダクトも良いなと考えるようになったのもそのタイミングです。未知数なプロジェクトでも、絶対に続けていくことだけは決めていたので、活動として一緒に取り組める人が良いなと思ったときに、一番最初に思い浮かんだのが井口さんでした。

H)純粋に嬉しいね。はじめから一緒に砥部に行って、その地域や窯元を実際に見て欲しいって言われたとき、もともと独特な四国の土地に憧れがあったこともあって、チャンスだなと思ったし、運命的に面白いなと思ったんだよね。


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Photo : Youhei Sogabe

— 砥部 / 砥部焼 について感じたこと

S)初めて砥部に訪れた印象はどうでしたか?

H)意外と市街地から近いなというのが初めに思ったことで、砥部の山に向かってどんどん風景が変わっていく感じが印象的だったかな。窯元を色々と一緒に回りながら、観光で行くような場所ではない独特の空気感を実感できたし、愛媛の風土を吸収できてすごく勉強になったなと。

S)砥部は焼き物の産地としての知名度は全国的に見て高いわけではなく、砥部焼のほとんどが日常使いのものなので、際立っているところはないんですよね。でも個人的にはその感じが好きで、240年以上引き継がれ、続いていることの意味を考えてみたいと思っています。

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Photo : Youhei Sogabe

H)僕の実家の隣町は愛知県の瀬戸という焼き物の産地でもあったから、子供の頃から焼き物は身近に感じる存在だった。釉薬の艶やかな透明感や、偶然に生まれる色調、材質として焼き物には特別な思いがあって、実はカルトサインも別の素材で企画が進んでいたんだけど、途中で焼き物に切り替えて正解だったなと。

S)焼き物は特別な定着をしますよね。僕も育ったのが砥部町なので、なんとなくその感覚はわかります。その後、サブカル的な文脈を焼き物として定着させた作品は色々と出てきてますよね。

H)そうだね。カルトサインがデビューした当時は、サブカルチャーと焼き物はまだまだ密接ではなかったけど、最近は少しずつ注目されているよね。いずれにしても、現地に行って砥部や砥部焼のこと、伝統や文化について勉強できたことはすごく良かったね。


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Photo : Shin Hamada

— Sculpture No.1 に込めた想い

S)プロジェクトの当初から、「Alexander Girard(アレキサンダー・ジラルド)」のWooden Dollsのシリーズや、「Erik Höglund(エリック・ホグラン)」のオブジェを参照しながら、自分が家に置いておきたいものをリクエストとして伝えましたよね。守り神みたいな存在をつくりたいなと思って。逆に言うとリクエストはそのくらいでしたよね。

H)僕も好きなジャンルで、まさにストライクゾーン。もともと日本の民芸品やアフリカン・スカルプチャー、古代遺跡なんかを常々インプットしているから、リクエストを聞いた時にすっと入ってきたのを覚えてる。実際に砥部に行って気持ちの良い環境を体験したあとは、まずはその地域の人たちに気に入ってもらえる物じゃないと意味がないなと思って、僕なりに愛媛の民話や昔話を調べていく中で一気に方向性が見えてきたかな。今の子供が知らないような古い話でもインターネット経由で紐解ける時代だから、まずは地域に由来する物語を参照して、自分に出来る限りの良いものを残したかったんだよね。

S)東京に戻ってきてからは、かなり早いタイミングで原型になるスケッチがあがってきましたよね。モチーフはどうやって決まっていきましたか?

H)はじめて砥部に行った時に感じた木や森、そして砥部の山に登っていく感じから、その自然の風景を漠然とイメージしはじめていたんだけど、愛媛に縁のある物語として、「十六日桜(いざよいざくら)*」の話を知ったとき、これだと思って、桜をモチーフにしようと思ったのはその時かな。これまでのインプットと、今回知った物語がすぐにリンクして、自然とイメージが固まってきたのでそこからは早かったね。普通、世の中にある木をモチーフにしたキャラクターは、一本の幹をキャラクターにすることが多いと思うけど、二本の幹で支えられるキャラクターは見たことがなくて、足にも見えるなと。

*十六日桜:旧暦1月16日に咲くといわれる早咲きの桜。
愛媛の地に縁が深く、「めづらしや 梅の蕾に初桜 うそのやうな十六日桜 咲きにけり」と正岡子規に詠まれたように、家族円満、健康長寿の象徴として、古くから多くの歌が残されている。

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Photo : Youhei Sogabe

S)ちょっと話はそれますが、いつも使っているノートとペンに何かこだわりはありますか?

H)このノートは表紙の紙が厚くてボロボロになっても愛着が持てるからアメリカに行くときにまとめ買いしてるものを使っていて、ペンは油性の太いマッキーが子供の頃からずっと好きだね。今回もマッキーで描いたスケッチからデザインをはじめてみたんだけど、やっぱりそれだけではイメージを完全に共有することは難しいなと感じて、まずは自分が粘土でプロトタイプをつくってみようと思ったんだよね。そのおかげで、足から頭にかけて厚みを変えている部分とか、3次元的にイメージしながらデザインを進めることができたかな。

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Photo : Shin Hamada


— ここでのデザインとは何か

H)今回、型を抜いてつくるのではなくて、ひとつひとつ手びねりでつくる方法もはじめからリクエストとしてあったと思うので、自分の中では、それを「伝承されること」というテーマとして考えていくことにしてたんだよね。

S)それは興味深いですね。デザイナーとプロダクト、そしてそのプロダクトが及ぼす影響についてどう関係を読み解いていくかは、常々考えているテーマでもあるのですが、今の話は新しい可能性を予感させます。

H)例えば日本中の子供たちが同じ遊びをしていても、地方によって掛け声が違ったり、伝承される過程で微妙に異なるあの感じって面白いなと思っていて。そうやって将来的にこのデザインが伝承されるようなイメージを描きながら、一筆書きのキャラクターのように難しくないものがいいなとか考えたかな。とはいえ単純すぎても味気ないからバランスをあれこれ考えながらも、最終的には自分で量産するわけではないから、誰がつくっても同じような仕上がりになるような形を模索することにした。

S)リクエストするときに思っていたことは、形として素敵なプロダクトは世の中にいっぱいあるけど、それだけでは目指しているものにはならないなと。まさに、一つ一つ少しずつ異なるんだけど、同じ物として認識できる形で再現可能であること。実際にそれを見てみんなが思い浮かべることはだいたい同じで、でもそれぞれ少しずつ異なるみたいな。そういうものを新しく生み出すのことができたら良いなと思っていました。

H)タコのウインナーとかおにぎりって、完璧な設計図があるわけではないけど、子供の頃に運動会とかでいろんな家庭のおにぎりが並んでいるのを見てそれぞれ違って面白いなと思った原体験があるけど、そんな感じは面白いよね。

Sculpture No.1をめぐる話 w/ Hiroshi Iguchi 前編

Photo : Youhei Sogabe

S)今回の取り組みは絶妙なバランスで成立していると思います。つくり手と、アイデアを考える人との関係、そして意思の伝達の感じが面白い形になったなと。実際つくり手の汲み取るニュアンスが微妙に形へ影響しているところもあると思いますが、その辺りはどう感じましたか?

H)今回は一度も修正依頼をしてないんだけど、そういう信頼関係が何より重要だと思っていたんだよね。本来は仕事の流れでクオリティを高めるための調整は当然あると思うんだけど、この場合は正確な設計図や指示書をつくらない方が良いだろなって感覚があって。その分伝えたいことや想いはプロトタイプに詰めておいて、そこから先は任せたほうが良いなと。とにかくつくり手の現場感覚を尊重したかったんだよね。

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Asato Ikeda(Ryusen)
Photo : Youhei Sogabe

S)今回つくってくれた池田麻人さん(龍泉窯)は、基本的に仕事としての製作を積極的に好むタイプではなく、とても個性があって、自身の表現を追求する作家性のあるタイプです。でも、感覚的に信頼できるので、今回は彼に依頼したいなと思っていました。

H)たしかに、龍泉窯の工房で麻人さんとその作品に触れた時に感じたよ。砥部の作家さん達の仕事を見て回ってみても彼の作品は際立って見えたから、逆に預けることに迷いがなくなったところはあったかもね。

S)麻人さんは、砥部の産地にいながら、日常使いの作品に個性とこだわりをもって取り組んでいる人で、結果として、それによって産地の伝統の一部を引き継いでいるように思います。今回の様に、全てを自分の感覚だけでつくらないものはおそらく珍しい取り組みだと思うんですが、すごく楽しんで取り組んでくれています。

H)ありがたいよね。

S)プロトタイプを通して、それぞれの感覚的な共有が十分できているのは不思議ですよね。そもそも伝統とか産地が残っていくのは恣意的な理由ではなくて、日々の営みを継続するための切実なものだったり、豊かにしていくことだったり、そういう根源的なものだなと思っていて、今回のコミュニケーションはそれに近いところを感じました。

Sculpture No.1をめぐる話 w/ Hiroshi Iguchi 前編

Photo : Shin Hamada

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Photo:Shin Hamada

企画 : Shiro Ao
編集 : Tatsuma Hino (upsetters architects)
協力 : B GALLERY


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