私たちについて


『白青』は、愛媛県の伝統的なやきもの「砥部焼」の魅力を多くの方に伝えたい、技術や知識を次世代へ繋いでいきたい。そんな想いから始まったプロジェクトです。着手して5年となった2018年、伝統を進める意思を持って「株式会社 白青」を設立しました。

先人たちが築き上げた歴史や文化に学び、地域の方々や窯元とつながり、共にこれからの砥部を考えながら、次世代につながる発展を見渡していきたいと思っています。

長い時間を経て育まれてきた、ものづくりの現場。
日常に息づく砥部焼が、ささやかに彩るそれぞれの暮らし。
豊かさへの気付き。

新しい時代の可能性を探求し、変わらない良さのために進化を続ける産業を目指します。

私たちについて

愛媛県砥部町は松山市の隣接する都市として発展した人口約2万人の町です。温暖な気候、豊かな森林資源に恵まれ、町の中央を流れる砥部川流域では、江戸時代以降、焼き物の産業が盛んになりました。


私たちについて

出典:砥部焼伝統産業会館

歴史

「砥部焼」は、約240年の歴史を持つ、伊予の国(愛媛県)伝統の磁器です。砥部町で産出される良質の砥石から生み出され、その丈夫さと手づくりの味わいから、古くから日常使いの器として愛されてきました。戦後、柳宗悦、バーナード・リーチ、濱田庄司ら民芸運動のリーダーたちが砥部を訪れ、手づくりの良さを活かした磁器として評価したことで、広く知られるようになりました。1976年には国の伝統的工芸品に指定され、現在では80ほどの窯元が、伝統を守り深めたものから、新しい表現を模索したものまで、様々な作品を生み出しています。


素材と特徴

砥部焼は、産地砥部の名前の由来でもある、砥石を砕いたものを原料として作られています。砥部は、奈良・平安時代から良質な砥石の産地として知られ、砥部の砥石山から切り出される砥石は、「伊予砥」と呼ばれてきました。良質な「伊予砥」を原料として1300度の高温で焼成された器は、材質が固く丈夫で、夫婦喧嘩で投げつけ合っても割れなかったという逸話から、「喧嘩器」とも呼ばれています。
砥部焼を彩る美しい藍色は、呉須と呼ばれるコバルトを主成分とした顔料によるもので、釉薬をかけて焼くことで藍色に発色します。砥部では、焼いた泥を混ぜた「泥呉須」と呼ばれるものを使っていて、鉄分やマンガンなどの不純物によって色の渋みが変わるため、各窯元がそれぞれの配合を工夫した呉須を使っています。


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wikipediaより引用

くらわんか碗

「くらわんか碗」とは、江戸時代の庶民にとって普段使いの食器で、主に長崎県の波佐見焼、愛媛県の砥部焼、大阪府の古曽部焼の産地で作られていました。名前は、淀川を通る客船に近づいて「酒食らわんか餅食らわんか(食わないのか)」と乱暴な言葉で囃しながら食事やお酒などを売った「くらわんか舟」に由来しています。その様子は歌川広重の判画「京都名所之内 淀川」や十返舎一九の劇作「東海道中膝栗毛」にも描かれており、今でも川底から当時のお茶碗が出土するといわれています。庶民が安価に手にすることができたため、従来の磁器は高級品というイメージを覆し、普段使いの食器として広く普及しました。不安定な船の上で使う事を考慮して高台と呼ばれるお茶碗の底が高く広く作られており、砥部焼では、当時からの特徴を活かした普段使いのお茶碗として、色々な窯元で「くらわんか碗」が作られています。


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