ストーリーズ

砥部焼とわたし#001

ストーリーズ「砥部焼とわたし」

1777年(安永六年)に門田金治や杉野丈助らにより、砥部にて初めて磁器焼成に成功してから200年後の1977年(昭和五十二年)に砥部焼磁器創業二百年祭を記念して、発行された「砥部焼とわたし」。有名陶芸家をはじめ108名の方が、砥部焼との出会いや、つながりなどそれぞれの思いを綴った随想集を砥部焼協同組合の協力により紹介していきます。


砥部で、親切な器を想う

 幕末の猪口の、機能の、美事な一器多用さ。素晴らしい。その直截な形。まこと使いやすい。
あの、便化しつくして美しい呉須絵。見飽きることがない。
 猪口の用と美に心惹かれない日本人は、まずいまい。あの機能・つくり、そして絵つけ。
それらすべてがずばり日本のものだからではないのか。
 猪口は親切な器だと、私は想う。使うたびに、その用への、親切な配慮に驚かされる。
重ね合わせてしまう折、西欧流に言うスタッキングがまこと深々としていて、すこぶる安定する。
ごく自然に、地震の国の土地柄がこのデザインを産み育てたのだろう。
 猪口は入子も利いて、親切だ。そば汁、煎茶むきの中ぐらいのものの他に、猪口には、向付にもなる大と、ぐい呑、さしみのたれむきの小とがあった。その大中小が、順次入子になって、大のなかに中、中のなかに小が、ぴったり納まる寸法関係に整えられていて、猪口は、使うものにとってまことに親切だ。重ねて運びやすく、入子にしてしまいやすくて、全く親切な器だった。
 加えて、一緒に使う器同志にも親切に作ってあった。猪口は、器の尻、高台に釉をかけることで、他の器を傷つけない配慮を、行きとどかせている。
 高台が釉をかけて滑らかだから、膳・盆・卓に寸毫の傷も残さない。たとえ猪口を、椀の中に入れて運ぶ間違いを犯しても、やわらかな漆器の肌を痛めることが少なくて、要するに猪口は一緒に組んで使う器にも親切な作りの器だったと、有難く想う。厄介な吊高台にしてまで尻に釉をかけるその親切心を、有難いと、いまにしてしみじみ想う。

 猪口はその最盛期の幕末に、超大量に産地生産されたのに、全く驚く、染付にくずれがない。数を描きこなした結果として当然の、紋様硬化の美しさこそ見られるけれど、狎れから来るくずれの醜さはみじんも無い。なぜなのだろうと、いつも想う。たぶん、その頃の工人の人柄がそうさせたのだと思いたい。
 かつて、猪口に呉須の画筆を運んだひとびとは、仕事を楽しんでいたのではないだろうか。たぶん次々と図柄を工夫することを人生の無上の楽しみとした工匠がいたと思うし、また、反復図柄を描きつづけながら、日々、筆の運びが上達することを楽しいと思う工人ばかりが猪口に絵つけをしていたに違いない。
 楽しみに筆を運んだ絵は、人を楽しませる。それに反し、つまらない、つらい労働だなと、狎れた心で描いた絵柄は、醜い。工人のふとした想いは、細い面相やだみの筆の穂先に凝って器に映をのこし、美しい、あるいは醜い図柄となって、永劫、消え去ることが無い。
 揃って、かつての猪口に楽しめる絵つけが見られるのは、とりもなおさず、かつての日本各地の窯に、絵つけも楽しむゆとりがあってのこと。窯を焼くことに、たしかなゆとりがあって、そこに働く人たちにも親切な細工場があったからか。通う早起きが苦にならぬ楽しい絵つけ場があちこちにあったのに違いない。いまどき、手描きの工人たちにとっても楽しい窯はまれになったが、砥部には厳として、それがある。
 訪ねて見るとそれと解る。砥部には人がいて、図柄の工夫を生き甲斐にするものあり、より上手にと思いながら画筆を運ぶものまたあまたで、目を見張らせる。
 なぜいまどき、機械・版で絵つけをしないのかと、訪ねたものは自らの考えを怪しむだろう。想えば、絵柄を、版で刷るのと手で描くのと、一体どちらが作り手の心を楽しませるか?自明のことだ。

 いまの砥部は、いまの用をたしかにふまえたいまのものを、数々焼く。
 現代の用を伝統の心で親切に焼く。かつてより、さらに進んだ技術で、かつての器よりさらに丈夫に、磁器をかつての白さよりさらに皎々と焼く。
 ひきつづき現代の用があれば、むかしながらの猪口も焼く。猪口を、むかしながらの親切心で、その底に釉をかけて焼く。いまの、生産性第一、生産者の都合優先の世に、作るものに不都合な高台の釉がけをあえてやる窯をわたくしは、不幸にして砥部をおいてほかに知らない。
 この地、砥部は、親切な人たちの住む土地柄なのであろうか。親切な人たちが多勢住みついていて、親切な器を焼いていて、想えばうれしい土地があるものだ。

秋岡 芳夫 / 工芸デザイナー

本書P2-P4より引用

ストーリーズ「砥部焼とわたし#002」はこちらよりご覧下さい。

1977年(昭和52年)出版「砥部焼とわたし」の随想集より
出版元:砥部焼磁器創業二百年祭実行委員会編
協力:砥部焼協同組合


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