ストーリーズ

つくる、つなげる、手渡す

ただデザインしたものを
つくって売るだけになってはいけない

『白青』が生まれるきっかけとなったのは、愛媛県砥部町に生まれ育った建築家・ディレクターの岡部修三氏が、愛媛県を中心に全国の地域活性のためさまざまな事業を手がける株式会社エイトワン社長の大籔崇氏に誘われ、砥部焼協同組合の集まりに参加することになったこと。5年程前に遡ります。
岡部氏はデザインに関わる仕事を始めてから、漠然と「いつかは砥部焼に関わってみたい」という気持ちがあったといいます。

砥部焼は地元の陶石原料を生かした約230年もの歴史をもつ伝統工芸品。やや厚手の白磁に呉須(ごす)と呼ばれる藍色の手書きの図案が特徴的な磁器で、日常使いとして多くの人に愛されています。ただ、「今の若い人への認知を考えると、まだまだ砥部焼の魅力を伝えられていないのではないか、もっともっと新しい形でアプローチができるのではないか」と感じていたといいます。

組合の集まりで意見を求められた際に、「変わらない良さを知りつつも、いい進化をしなければ。今の時代の気分を汲み取りながら残すところと残さないところを吟味してはどうだろうか」「作品としての砥部焼は大切にしながら、製品(プロダクト)としての見え方を整理してはどうか。そうすることで、自由な創作をしている若い作家の活動も見え方が変わってくると思う」。という岡部氏の意見に何人かの窯元の方が賛同してくれたといいます。

一過性の経済活動としてではなく、プロジェクトとして“繰り返し続ける”こと。技術の発掘やアーカイブを行い、砥部焼の魅力をきちんと伝えることで、結果として作家の活動の魅力が伝わるようにしたいという意図がありました。

「“デザイン”という言葉がひとり歩きする時代にあって、全国的には窯元とデザイナーのコラボ品などもよくありますが、自分が産地と関わるのであれば、ただデザインしたものをつくって売るだけになってはいけないという気持ちがありました。民藝(※1)の時代に評価をきちんとしたりされたりすることで、産業が前進できたように、産地全体で前進できればいいなと思っています。新しいことを生み出すためには、客観的に今を見ることが必要、今がわかると先も見えてきます」。自分ごととして、砥部焼の将来を見据えた動きができればという想いを抱いたそうです。

※1 民藝運動は、大正15年頃に柳宗悦、バーナード・リーチらによって提唱されたもので、当時、華美な装飾を施した観賞用の工芸作品が主流でしたが、そんな中、柳らは名もなき職人の手から生み出された日常の生活道具を“民藝”と名付け、美術品に負けない美しさがあると唱えました。

作家活動に対抗するものではなく、
その背後にあるものだということを伝えたかった

プロジェクトとしてスタートすることが決まったとき、「どういうやり方をすれば砥部のみんなに認めてもらえるだろうか」ということをまず考えたと言います。
若い作家さんたちに集まってもらって、あらためてコンセプトと目的を共有することから始めました。僕にとっては賛同を得たいという気持ちよりも、このプロジェクトはそれぞれの 作家活動に対抗するものではなく、その背後にあるものだということをちゃんと伝えたかったんです。砥部の産業が進化する仕組みとして、それぞれの作家活動と日用品としてのやきものの生産、そのバランスをそれぞれの窯元がとりつつ産地全体が前進できれば良いのではないかと。作品の価値を確立するためには、砥部焼の価値を上げる必要があるということも共有しました」。
 
活動をする上で岡部氏が大切にしているのは、

1:砥部焼のことを知る (伝統と現状を同時に理解することの必要性)
2:前へ進む意識 (常に進化することの重要性)
3:つながることを整理し直す (技術や知識を次世代へつなぐ仕組みづくり)

「こうした考えをチームで共有しながら、どうすれば活動をより良くできるか試行錯誤を繰り返し、まず製品を網羅的に調べることで砥部焼の象徴的な特徴を抽出しました。一つは高台が高く安定したフォルムの“くらわんか碗”。そして玉縁のついた“鉢”と、くらわんかと同じく高台のついた“平皿”。そうした特徴をいかしながら、フォルムを調整し、洋でも和でも使えるように、また収納時も美しく見えるように、グラデーションになるようサイズを整えました」。

絵柄については大きく悩んだそうです。砥部焼を象徴するのが大きく筆で描かれた唐草模様。この模様は、戦後の産地再生の際、半陶半農をしていた時代、誰でも描けて見ごたえのある図案として当時、梅山窯にいた工藤省治氏が生み出したそうです。それは時代に沿ったデザインの進化であり、手書きの良さ=砥部焼の良さを強く印象付けるものでもありました。

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砥部焼を象徴する手書きの唐草模様

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古砥部陶片文様集(発行:砥部焼文化研究会)

「この存在が大きすぎるということもあり、良い意味でとても手強く感じています。砥部焼らしい手技を使いつつも複製可能な方法は…と検討する中で、呉須で巻く(ラインを引く)というシンプルですが、人の手をかけた方法をまずは基本のラインナップに選びました。こ の基本ラインをベースにさまざまなバリエーションにトライしようと思い、文献を調べたり、古くからの唐草のデザイン画を手に入れたりいろいろと試しました。その過程で、やきものに使われる絵柄には五穀豊穣を願うような意味のあるものが多いということを知りました。そうした愛媛や砥部にも馴染みのある絵柄を、手作業の良さが伝わるかたちで複製する方法を求めて、伊勢型紙の産地を訪ね、印判という手法を試したり試行錯誤を繰り返しました」。

しかし、砥部には印判の技術がすでになくなっていて、再現できるところがなかったのです。そんな中、協力してくれていた窯元から提案を受けた手法が“墨はじき”(※2)でした。求めていた手法としてそれを採用しデザインを起こしたのが、“ひばり” “まだい” “うめ” “どんぐり”といった第1弾の絵柄のラインナップです。ハンコを使うことで一つずつ違う手づくりの味と温かみのある絵柄が加わりました。

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墨はじきに用いるハンコ。手前からどんぐり、まだい、うめ、ひばり

「今、『白青』を製作してくれているのは2窯です。やればやるほど課題は出てくるけれど、ベストは砥部のいろんな窯が『白青』をつくってくれている状態ですね。何度も繰り返すようですが、各所からいろんな技術を持ち寄ることで技術 向上につなかがり、そのうえ仕事として成り立つ。さらにそれぞれが作家活動にもトライをして、そしてまたその経験が日用品としての砥部焼にフィードバックされる。その製品としての砥部焼の評価こそ、作家活動の裏付けになってくれるのです。そんな連鎖が大切で、そこから新しく職人を志す人が生まれたり、砥部に人が集まるきっかけにもなるかもしれません。人から物、物から人へとつながりが生まれないと産業の未来はないと思っています」。

今は情報化とグローバル化によって均一化された物が 、よりリーズナブルに買える時代になってきました。だからこそ、本当に良い物、素材から製造、アイディア、流通などすべての過程で適正な利益が生まれ、その上で品質と価格のバランスがとれている物を提案していくことが重要になってくるのではないでしょうか。

「僕の役割は、どっぷり中につかっている人にはできないような関わり方をすること。客観性をもって、産業そのものが新しく進化する仕組みを提案することだと思っています。それが結果として、砥部という産地のあり方を再考するきっかけになればと思っています。これは『白青』に限らずどの産業でもいえることだと思いますが、様々な残すべき技術が途絶えていっていますよね。今が次の世代につないでいくギリギリのタイミングだという危機感をもって、掘り起こしをすることが必要だと思います。進化しながら継承されていくためのアプローチをこれからも続けたいと思っています」。

『白青』は産地とつくる現在進行形のプロジェクトです。みなさまと一緒に知り、学び、柔軟な発想で育つことを、関わる誰もが楽しみにしています。

※2 素地に墨で柄を描き、その上から呉須で着色すると、 墨に含まれている膠成分が呉須をはじき、本焼で墨が落ちて墨で描いた柄が白く抜けるという現象を生かした手法。2014年のブランドスタート時のラインナップとして図案をくり抜いたハンコに墨を付けて模様にしています。(限定につき現在は廃番。数量により受注生産可。)

2016年発行「Shiro Ao MAGAZINE VOL.01」より一部加筆修正の上引用

Edit: Junko Shimizu(JUMBO EDITORIAL BASE)
Photo:Youhei Sogabe


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