ストーリーズ
窯元コラボレーションプロジェクト#ヨシュア工房
「ヨシュアブルー」と呼ばれる深海のような青み 。エアーブラシでグラデーションを付けながら彩色する独特の技法で砥部焼の新たな表現を提示し、多くのファンを惹きつけているヨシュア工房。絶妙なバランス感覚をもちながら作家としても挑み続ける竹西辰人さんと共に新たなチャレンジをしました。
—竹西さんが砥部焼に関わるようになった経緯を教えていただけますか。
父が砥部焼をやっていまして、昭和40年に独立して「圭仙窯」という工房を構えました。私は小さい頃から絵を描いたり、ものづくりをするのが大好きで、「いつかは陶芸に関わるんだろうなぁ」というぼんやりした気持ちがあり、高校はデザイン科に通いました。そこで本格的に陶芸の勉強をしたわけではなくて、スタートは父の手伝いから。34年前のことです。父は、いろんな土を使って作陶していました。砥部に限らずさまざまな土で取り組んでみようという研究者タイプ。陶芸用の機械や工具なども自作してしまうような人でしたね。そして、2000年に窯を譲り受けました。
—始めはどんなものをつくっていたのですか?
いわゆる白磁に呉須というベーシックなものからです。そうすると、父が横でいろんな土でチャレンジしているんですね。それを見ていて、アレはいいねとかコレで取り組んでみたいという気持ちが出てきて、そこから生まれてきたのが「錬釉彩」シリーズ。もともと独自性のある、他にないものをつくりたいという気持ちがあったんですね。これも30年ぐらい取り組んでいるシリーズです。金属の釉薬を重ねているのですが、どういう時にどんな結晶が出るかが分かるのに15年はかかりましたね。
—あと、私たちが砥部焼に関わるようになって竹西さんの作品でとても印象的だと思ったのは「ヨシュアブルー」ですね。
この色をつくったのは実は20年以上前だったんですが、このようなシリーズとして展開し始めたのは6年ぐらい前ですね。
—何かきっかけがあったのでしょうか。
道後の「夢蔵」という旅館を作る際に、お声かけいただき、洗面鉢や照明などをつくらせていただきました。そして食器も…となった時に今のヨシュアブルーの作品があったんです。旅館の仕事としては納品したら終わりですが、その旅館に泊まったお客様が「あの器が欲しい」といって来てくださったんです。何人も来るので、多めにつくってその年の砥部焼まつりに出したんです。そうするとすぐに商品がなくなって。これはいけるかもしれないと思ったのがスタートです。
—特徴的な色にしてみようという着想はどこからきたものですか。
こういう色を最初から出そうと思ったわけではないんですね。これは、山から採ってきた石を絵の具に混ぜているのですが、それが色に深みを出すんです。狙ったわけではありませんでした。最初は筆で巻いていたのですが、自分がボカシの技法が好きなので、ボカシにするとすごく反響が出ました。
—偶然出てきた色ですが、その中でもこれだと決めたのはなぜですか?
単純に自分がときめいたからです。綺麗だなぁと。あと、白と青の量のバランスでしょうか。梅山の唐草も「これぞ砥部!」という感じでとても好きなんですね。練習もたくさんして、仕事としては唐草も描きます。なので、砥部の流れに根ざしたものと、独自性のものと両輪ですね。
—作家としての活動と、職人として日用品をつくっていく活動。竹西さんにとってどちらが目指すべき方向性なのでしょうか。
クオリティの高いものをつくっていきたいという気持ちは常にあります。歴史的には官窯と民窯といいますが、貴族や王様のための美術品としての位置付けと日用品としての器の違いですね。今は作家の時代といわれているので、その時流に沿って自分ならではの形として、美術品としての作品づくりを突き詰めたいですね。
—砥部は民藝の流れにありますからね。
明治期などは高級品をつくっていたんですが、その時は県外からロクロの一流の職人、絵付けの一流の職人などを呼び寄せていたんですね。それを今、一人で取り組もうとするとどうしても限界があります。ですから、普段の生活の仕事をしながら取り組んでいくわけです。自分にできる方法でそこを探っています。
—美術品としての砥部焼も歴史の中に位置付けていくというのはとても大事だと思いますが、それを語っている人はあまりいませんね。
全国的な規模でいうと、大きな産地だと人間国宝だとかそういった名だたる方が引っ張って行っているというのはあるかもしれませんが、砥部ではないですよね。普段使いの器の産地としては評価が高いと思うんです。でも、美術品として名前が出た時にあまり振り向いてもらえない。 それが悔しいというのはあります。
—そういう部分はとても大事ですよね。
花瓶や壺など、とても大きい作品をつくるにはそれなりの訓練がいるし、焼いたものが全て良いできになるわけではないので、これから取り組もうという新しい人にとっては敷居が高いんです。そういう意味では僕たちは恵まれているので、チャレンジをしていきたいと思っています。
仕事としては納品したら終わりですが、その旅館に泊まったお客様が「あの器がほしい」と言って来てくださったんです。何人も来るので、多めにつくってその年の砥部焼まつりに出したんです。そうするとすぐに商品がなくなって。これはいけるかもしれないと思ったのがスタートです。
—今回『白青』からコラボレーションの話があった時に、どういったことをしてみたいと思いましたか?
自分らしいボカシの技法を使いながらシンプルさを生かして表現するのが良いのかなと考えています。あと、色ですね。『白青』が今使っている呉須か、ヨシュアブルーか。
—色を重ねることもできますか?
それはできると思います。ただし、重なった部分の色の出方は調整が必要だと思います。あと、料理を乗せた時の白と青のバランスも大切なので、 デザインも数種類考えてみたいと思っています。
コラボレーション制作を終えて
—途中、色々と議論を重ねて、いくつか試作もしていただきました。結果、色はヨシュアブルーと『白青』の呉須と両方あった方がいいだろうと。あと、白の余白があった方がより色が際立つんじゃないかという話にもなりました。
この『白青』の呉須が入ると、ヨシュアブルーがすごくグリーンに見えますね(笑)。スケッチの段階ではいくつか候補があったのですが、つくってみてしっくりこなかったり、色の出方が微妙だったり。余白をどれだけ残すかということを考えながらつくっていきました。白と青のバランスを見て、焼きあがってしっくりきたものを選びました。
—ラインナップ群でまとまって見ると、とても美しいですね。つくってみていかがでしたか。
元々シンプルなデザインが好きなので、私自身とても気に入っています。器は実際に焼き上がりが綺麗でも使ってみるとそうでもないっていうこともありますよね。プロの料理人だったらうまく扱うかもしれないけど、誰が使っても良い感じになるものにしたいというのも選定のポイントでした。コラボは自分だけでは出てこないものが、他の方と相談することで形になっていく、そういう楽しさがあります。他の作家さんのチャレンジも私自身、楽しみです。
掲載記事は2016年2月発行のShiro Ao MAGAZINE VOL.01より引用
Edit : Junko Shimizu (JUMBO EDITORIAL BASE)
Photo :
Youhei Sogabe (Image in text)
Yusuke Kida (End of image)